Les Essais d'Unevertu

2010年11月22日

鮎のくされずし―仕上げ編

宇都宮白楊高校の岩本敏央先生と一緒に、宇都宮市上小倉の塩井正實さんのお宅を訪ねました。先日漬け込んだ鮎のくされずしの桶を逆さにして、余分な水分をしみ出させる「さかさぶつ」の工程を見学させていただきました。上の写真は、さかさぶつを行う前の、仕込みから8日間の発酵期間を経たくされずしの様子です。

乳酸菌による発酵に特有の酸っぱいにおいが漂ってきました。ご飯がこなれた状態に変化しているのが見た目にもわかります。予想以上に大根の形が残っていました。以前、他のお宅で作られたくされずしを食べたときには、大根がほとんど形をとどめていなかったのと対照的です。くされずしは一軒ごとに味が違うと言われる通り、各家庭における伝承法や秘訣に応じて完成品に微妙な差異が認められます。

味見のために少量のくされずしを取り分けてからふたをして、桶を逆さにしました。この状態で桶の上に総重量約60kgの重しをのせ、一晩かけて桶の中のくされずしに残る余分な水気を排出させます。これが「さかさぶつ」と呼ばれる作業です。さかさぶつを行う前のくされずしを試食しましたら、かなりの水気を含んでいましたが、まぎれもなく「くされずし」の味でした。多少の発酵臭はありますが、味そのものはほどよい酸味のきいた上品な味でして、くされずしに用いられるまで30%の塩分によりカチカチの状態で保存されていた塩漬け鮎は塩気が抜けて骨もかなりやわらかくなり、淡水魚特有の臭みが抑えられています。

桶を逆さにしてから間もなく水分がにじみ出てきました。この状態で一晩放置することにより、ねっとりとしてなめらかな食感のくされずしが完成します。

さかさぶつの作業を終えてから、正實さんのお宅でお茶をいただきました。お隣の塩井イネさんがお茶菓子に手作りのゆずようかんを持参してお見えになられました。ゆずの風味がきいていて、とても品の良い味わいです。おいしくいただきました。皆さんからくされずしや羽黒山の梵天祭りをめぐって様々なお話をうかがいました。「さかさぶつ」について、正實さんが「桶を逆さにぶってから一晩寝かせる」という表現を用いられました。どうやら「ぶつ」は「打つ」のことのようです。「打つ」は「叩く」という意味で用いられる場合(子供の尻をぶつ)や「演説する」(一席ぶつ)という場合に「ぶつ」と発音されます。共通語では「打つ」と書いて「ぶつ」と読む場合の使い方はこの2種類に限定されるようですが、「打つ」=「うつ」は本来非常に用途の広い言葉です。「叩く」という意味の「雨が窓を打つ」「釘を打つ」などの他に、「固定する」(コンクリートを打つ)、「撒く」(水を打つ)、「処置をする」(手を打つ)、何かを「する」(逃げを打つ、寝返りを打つ)という意味でも用いられます。おそらく「さかさぶつ」の語源は、「桶を逆さに打つ=する」という意味からきているのではないでしょうか。また、米・塩・魚を主原料とする発酵食品の「なれずし」(馴れ鮨。麹を用いるいずし〔飯鮓〕とは区別される)を「くされずし」(腐れ鮨)と呼ぶ地方は、全国でもここ宇都宮の上河内と、千葉県の九十九里地方、紀伊半島の三重県と和歌山県に限定されるようです。千葉県では、くされずしが作られている地方に熊野信仰との結びつきを示す事例が認められており、そのルーツが紀伊半島に由来するのではないかと推測されています。古来から九十九里地方と利根川~鬼怒川の水運によりつながりがあったものと思われる鬼怒川流域の上河内地方にも、もしかするといつかの時代にこの水運ルートによってくされずしの作り方が伝播したのかもしれません。

楽しいお話が続いた後で、岩本先生と正實さんのもとをおいとましました。帰り際、お隣のお宅の敷地内にある大ケヤキが見事に色づいているのにしばし見とれました。

帰り道、降りしきる雨の中で下校中の上河内中央小学校の生徒たちの隊列を見かけました。明日はいよいよ梵天祭りの本番です。子供たちも郷土のお祭りを楽しみにしていることでしょう。岩本先生と私も、明日の祭りのことをあれこれと話しながらドライブを楽しんだ帰り道でした。

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